「矛盾」も「逆鱗」も出どころは同じ:韓非子ということわざ工場
「それ、言ってること矛盾してない?」。会議でも家庭でも使う、ありふれた言葉です。ところで、矛と盾のあの話は誰が書いたものなのか。「三十六計逃げるが勝ち」の出どころを調べたときと同じ好奇心で原典をたどってみたら、意外な事実に行き当たりました。「矛盾」だけではないのです。「逆鱗に触れる」も「株を守る」も、みんな同じ1冊の本から生まれていました。約2300年前の思想書『韓非子』。今回はこの、ことわざ工場のような古典を深掘りします。
3つの言葉の出どころは戦国末の思想書『韓非子』で、著者の韓非は自著で秦王を魅了しながら、その秦で命を落としました。
矛と盾の話は、屁理屈ではなく「論法」だった
まず「矛盾」から。国語辞典から百科事典まで、出典は『韓非子』難一篇で一致しています※1。原文はこうです。
楚人有鬻楯與矛者、譽之曰「吾楯之堅、莫能陷也」。又譽其矛曰「吾矛之利、於物無不陷也」。或曰「以子之矛陷子之楯、何如」。其人弗能應也。
(楚の人で盾と矛を売る者がいた。「私の盾の堅さは、何ものも突き通せない」と誇り、また「私の矛の鋭さは、突き通せないものがない」と誇った。ある人が「あなたの矛で、あなたの盾を突いたらどうなるのか」と問うと、その人は答えられなかった) :『韓非子』難一※2
面白いのは文脈です。この説話、商人の笑い話として書かれたのではありません。聖王として並び称される堯と舜を同時に賛美するのは論理的に両立しない、という主張を突きつけるための論理装置として作られています※2。「両立しない二つを同時に立てることはできない(不可同世而立)」※2。つまり「矛盾」は生まれた瞬間から、相手の議論を斬るための道具だったわけです。
「逆鱗」と「株を守る」も、同じ工場から
「逆鱗に触れる」の出どころは、同じ『韓非子』の説難篇です。説難とは遊説の難しさ、つまり君主への進言がいかに危険な仕事かを論じた篇で※3、その締めくくりに竜のたとえが出てきます。竜は飼い慣らせば乗ることさえできるおとなしい生き物だが、喉の下に直径一尺の逆さの鱗があり、これに触れた者を必ず殺す。君主にも同じように逆鱗があり、進言する者はそれに触れずに済めば上出来だ、と※4。上司の地雷を踏む、という私たちの日常の用法は、原典の趣旨からほとんどずれていません。
「株を守る」(守株)は五蠹篇から。宋の農夫が、切り株にぶつかって死んだうさぎを偶然手に入れ、鋤を捨てて切り株を見張り続け、二度とうさぎは獲れずに国中の笑いものになった、という話です※5。これも笑い話ではなく、いにしえの聖王のやり方を今の世に持ち込もうとする者は、この切り株を見張る男と同じだ、という痛烈な皮肉として書かれています※5。
並べてみると共通点が見えてきます。どの説話も、たとえ話の切れ味で相手の議論を仕留めるための武器なのです。2300年後の私たちが使っているのは、いわばその刃こぼれした破片だということになります。
作者は「話せない天才」だった
工場主の韓非は、戦国時代末期の韓の公子です。荀子のもとで学び、それまでの法家の思想(商鞅の法、申不害の術など)を集大成した人物とされます※6。注目したいのは、韓非が吃音で、話すことが不得手だった一方、文章に非常に優れていたという記録です※6。
進言の難しさを冷徹に分析した説難篇も、たとえ話の武器庫も、「弁舌で勝負できないぶん、書くことに全てを賭けた人」の作だと知ると、見え方が変わってきます。彼の名を冠した『韓非子』20巻55編は、徳による政治を退け、法と信賞必罰を軸にした統治を説く法家の代表作になりました※7。
自分の文章が招いた死
韓非の文章は、やがてとんでもない読者を捕まえます。『史記』老子韓非列伝によれば、秦王政(のちの始皇帝)は韓非の「孤憤」「五蠹」を読んで、こう言いました。「嗟乎、寡人得見此人與之遊、死不恨矣(ああ、この人物に会って語り合えるなら、死んでも恨みはない)」※8。
しかし使者として秦に赴いた韓非を待っていたのは、同門の李斯と姚賈による讒言でした。韓非は韓の公子だから最後は韓のために働く、と説かれた秦王は韓非を獄に下し、李斯は毒を送って自殺を強います。韓非は弁明しようにも、王に会うことすらかなわなかった、と史記は記します※8。
進言の難しさを誰よりも深く分析した人が、最後の進言の機会を得られずに死んだ。逆鱗を説いた人が、逆鱗の仕組みそのものに殺された。彼の残した言葉たちが日常語として2300年生き延びたことを思うと、この結末の皮肉は、ちょっと言葉になりません。
調べても分からなかったこと
- 『韓非子』55編のうち、どこまでが韓非本人の筆なのか。後学の作が含まれるとされますが※6、どの篇がそうなのかの確定的な区分には諸説あり、今回は踏み込めませんでした。
- 「ことわざ工場」の全貌。「虎に翼」「千丈の堤も蟻穴より崩るる」なども『韓非子』由来として辞書に載っているのを見かけましたが、原典での確認までは手が回りませんでした。確認できたら追記します。
まとめ:日常語は、古典の破片でできている
| ことば | 出どころの篇 | 本来の用途 |
|---|---|---|
| 矛盾 | 難一※2 | 堯舜の同時賛美を斬る論法 |
| 逆鱗に触れる | 説難※4 | 君主への進言術の警告 |
| 株を守る | 五蠹※5 | 懐古主義への皮肉 |
『韓非子』は、ことわざの本ではありません。冷徹な政治理論の書です。ただ、その理論のいちばん切れ味のよかった部分だけが、政治も王も消えた2300年後の日常会話に、道具として生き残った。古典が生き残るとはどういうことかを、これほど分かりやすく見せてくれる例もない気がします。私たちが毎日使う言葉の中に、まだ気づいていない古典の破片がどれだけ埋まっているのか。この工場見学は、しばらくシリーズにできそうです。
参考文献・出典
※1 : 「矛盾(ムジュン)とは? 意味や使い方」 |コトバンク https://kotobank.jp/word/%E7%9F%9B%E7%9B%BE-140478
※2 : 「韓非子 難一」 |中國哲學書電子化計劃 https://ctext.org/hanfeizi/nan-yi/zh
※3 : 「説難(ぜいなん)とは? 意味や使い方」 |コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%AA%AC%E9%9B%A3-2839488
※4 : 「韓非子 說難」 |中國哲學書電子化計劃 https://ctext.org/hanfeizi/shuo-nan/zh
※5 : 「韓非子 五蠹」 |中國哲學書電子化計劃 https://ctext.org/hanfeizi/wu-du/zh
※6 : 「韓非(カンピ)とは? 意味や使い方」 |コトバンク https://kotobank.jp/word/%E9%9F%93%E9%9D%9E-49529
※7 : 「韓非子(カンピシ)とは? 意味や使い方」 |コトバンク https://kotobank.jp/word/%E9%9F%93%E9%9D%9E%E5%AD%90-49522
※8 : 「史記 老子韓非列傳」 |中國哲學書電子化計劃 https://ctext.org/shiji/lao-zi-han-fei-lie-zhuan/zh
よくある質問
「矛盾」ということばの由来は何ですか?
『韓非子』難一篇の説話です。楚の商人が「どんな盾も突き通す矛」と「どんな矛も通さない盾」を同時に売り込み、「あなたの矛であなたの盾を突いたらどうなるか」と問われて答えられなかった、という話から来ています。国語辞典・百科事典の多くがこの出典を記載しています。
『韓非子』とはどんな本ですか?
中国戦国時代末期の思想家・韓非の名を冠した書物で、20巻55編からなります。徳による政治を退け、法と信賞必罰を軸にした厳格な法治主義を説いた法家思想の集大成です。ただし55編すべてが韓非本人の筆ではなく、後学の作も含まれると考えられています。
韓非はどんな人物ですか?
戦国末期の韓の公子で、荀子に学び、法家思想を大成した思想家です(紀元前233年ごろ没)。話すことが苦手(吃音)だった一方で文章に優れ、その著作は秦王(のちの始皇帝)を魅了しました。しかし使者として訪れた秦で、同門の李斯らの讒言により獄につながれ、毒を送られて命を落としました。